再会の街で

映画『再会の街で』を観てきた。
なんか、無意味に無駄に水入りポットの画像アップされてますが、
やっぱり再会の時っていえば、「おいしい水」でスタートするのが流儀でしょってな
まったくもって個人的な趣味と都合とだけで
アップしてみただけです。特に意味はありません。気にしないで下さい。
この映画は私が、しょっちゅうお邪魔させて頂いている
ブロガー様がご紹介されている記事をいくつか同時期にみつけて
興味を持ちました。しょっちゅうお邪魔させて頂いているブログで
「あっ、この人も書いてる。。。。この人も!」ってな場合、
大抵、面白いので、なんら興味もなかったけど、
ほぼ無条件にチェックしたんでした。
大学時代、ルームメイトだった、
アランとチャーリーが再会するという物語なのですが、
佐野元春さんはチャーリーにご自身を投影されたそうです。
アタシはなー・・・・、どっちの気持ちも分かるといえば
分かるような気もするんだけど、
なんか、アタシから見ると、どっちも贅沢な悩みを抱えていて、
そんで、このテの悩みを抱える人達がアタシみたいなのに、
「それは贅沢な悩みよ。」って言われて、
多分、それほど、癪に障ることもないだろーなってことも知ってるけど、
でも、やっぱり最初は贅沢な憂鬱連中が
不幸自慢してるようにしか見えんかった。
ってか、なんか殆ど、チャーリー見てて、
もう、そのドタマ、ぶん殴ってやろうか!
くらいにイライラしてた。
このチャーリーってのは、飛行機事故で妻子を亡くし、
その後、仕事を辞め、空港会社と政府の慰霊金と生命保険で
生活している、心を閉ざした人なんだけどね?
そのチャーリーをなんとか、社会復帰させようと
心配だか、大きなお世話だか、自分が世話になってんだかよく
わかんないのが元・ルームメイトのアランってわけ。
心を閉ざしてしまう程、ショッキングな事件だったということは想像出来る。
想像しか出来ないけどね?
でも、そのチャーリーを助けようとするアランは妻に、
「アナタは自由なチャーリーが羨ましいのよ!」って指摘されるんだけど、
ほっんと、羨ましいッス!
そんなに、楽しそうに、嬉しそうに感傷に浸るんじゃないっ!
って何度、突っ込んだかわからん。
や、実際、想像を絶する悲しみだとは思うよ?
私、24歳で父が他界しましたけどもね?
失ったのは一人でしたけどもね?
このワタシのチチってのが、
そろそろ、もうちょっと高めの生命保険入ろうかってな時に、
心臓病で倒れやがって、普通なら死ぬとこだったらしーけど、
悪運、強くて持ち堪えちゃったのね。その後、17年も!
(ハハがそりゃもう渾身の献身でナントカ持たせた。)
もう、こうなりゃ、どこの保険会社も保険なんて掛けさせてくんないわけ。
まぁーったくの死に損!
泣いてる暇もなかったよ、アタシャ。
ポックリ逝って、大金入って、遊んで暮らしてるわけでしょ?
ウチなんて、ポックリ逝くまでに、
いつ死ぬか分からないという状況で17年間の闘病生活だぜ?
この17年間を書き綴るだけで、本、一冊くらいは書けそうだよ。
(悪いけど、ウチ、金だったらないからね。)
悲しいからって、悔しいからって、
すぐにガキみたいに、キチガイみたいに
キレやがって、何だ?!コイツ?みたいな。
暇なんだよ、テメェは。
この胸クソ悪い、映画を立ち見はまぬがれたものの、
チケット運の非常に良いワタクシは、2列目という素晴しい席で
このチャーリーのまぬけ面と延々とつきあってたんだゼ。
ご丁寧に、入場料まで支払ったからね。
ぜったいタダでは出ていかないからなっ!って
最後まで、見てたよ。
悲しみを話すことによって癒える・・・っていうのは
それはアリかもしれないね。
ワタシ、ついこの間、「ああっ!もう、メンドクセェっ!
もう、スライダーズ関連の記事なんて書かねぇっ!」とか
思ってたクセに、一体、この更新頻度って何ですか?くらいの勢いで、
ブログ、アップしてたりするんだよねぇ。
何が楽しいんだろーって自分でも思うけどさ。
アタシが愛用してる「ほぼ日手帳」にね?
ほぼ日が1日1ページのスペースがあるってのは、
食べた料理の感想まで書いておいて何になる?
ってなモンかもしんないけど、
「いっぱい聞いてくれるともだち」みたいなもんだ
って書いてあったのね。
仕事のことでも、なんでも、いつでも「聞く耳」がそこにあるっていう。
ひょっとしたらブログってそんな側面もあったかも?って思った。
勿論、ブログだから、なんでもかんでも書けるってなモンでもないけど、
ボカシ気味に抽象的に書いたことであっても、
そこから何かを感じ取って下さった方がいらして、それに対して、ご意見を頂く。
それってね?すっごく哲学的な交流の場だったんじゃないかなって。
実際に頂いたメールやコメントだけじゃなくて、
「このブロガー様とおつきあいしていくだけのネタ・ストックがこっちにないなー」
って感じる時、殆ど、読み逃げでトラックバックも送信しないで、
でも、読み逃げしたブロガー様宛の記事書いてたりすることもあったりする。
アタシの場合。
アタシがそうだからそう思うだけかもしんないけど、
「コレって、別にコメントもトラバも来てないけど、
ウチのブログに対する言及リンクかな?」
って錯覚してしまうような記事をみつけると・・・(勝手にスマン!)
私の中では、もう「哲学の交流の場」なの(笑)。
そういうのが
「読んでもらえてるのかな?アクセス増えたかな?」
という喜びっていうより、
多分、アタシは、癒されてたんだと思う。
解放区だったかもしれない。
だから、まともでいられたかも?とすら思う。
別にブログ同士だけじゃなくても、
「あっ、コレって
ああいう記事書きまくってたから念力通じて出会えた?!」って
勝手に錯覚して喜んでた歌とか、本とかもあったりするんだけど(笑)
(スンマセン。メデタイ奴なんです。)
悲しいことを「こんなに、悲しかったです。辛かったです。」
って簡単に言えないっていう気持ちは分からなくはない。
そう言って、
「や、そりゃもう、アンタならそれが妥当なとこでしょ。当然でしょ。」
とかっていう声が返ってくることが
あらかじめ予測される場合もあるわけでしょ(笑)。
そういうのを説得力持って人に聞いてもらう為には、
こっちに魅力ってのが必要かなって思うわけで。
チャーリーは、久々に出会ったアランの自分の対する気持ちが、
自信・・・自信っていうと語弊があるけど、
それで、やっと、心を開けるようになったんじゃないかなぁって思う。
多分、お互いが「こんな自分と時間を共有することを
こんなに楽しむ他人がいる」ってことが良かったんじゃないかなって。
別に、”癒し”を狙って開設したブログでもなかったけど、
今迄、コメントを書込み下さったご訪問者様。
いつも、いつも、お読み頂いているご訪問者様。
そして、いつも、いつも、
素敵な記事をアップし続けて下さっているブロガー様。
お蔭様で、アタシはなんとか、どーにか、こーにか、やってマス。
この場をお借りして、心より、お礼を申し上げます。
本当に、ありがとう。
アランとチャーリーが再会するという物語なのですが、
佐野元春さんはチャーリーにご自身を投影されたそうです。
アタシはなー・・・・、どっちの気持ちも分かるといえば
分かるような気もするんだけど、
なんか、アタシから見ると、どっちも贅沢な悩みを抱えていて、
そんで、このテの悩みを抱える人達がアタシみたいなのに、
「それは贅沢な悩みよ。」って言われて、
多分、それほど、癪に障ることもないだろーなってことも知ってるけど、
でも、やっぱり最初は贅沢な憂鬱連中が
不幸自慢してるようにしか見えんかった。
ってか、なんか殆ど、チャーリー見てて、
もう、そのドタマ、ぶん殴ってやろうか!
くらいにイライラしてた。
このチャーリーってのは、飛行機事故で妻子を亡くし、
その後、仕事を辞め、空港会社と政府の慰霊金と生命保険で
生活している、心を閉ざした人なんだけどね?
そのチャーリーをなんとか、社会復帰させようと
心配だか、大きなお世話だか、自分が世話になってんだかよく
わかんないのが元・ルームメイトのアランってわけ。
心を閉ざしてしまう程、ショッキングな事件だったということは想像出来る。
想像しか出来ないけどね?
でも、そのチャーリーを助けようとするアランは妻に、
「アナタは自由なチャーリーが羨ましいのよ!」って指摘されるんだけど、
ほっんと、羨ましいッス!
そんなに、楽しそうに、嬉しそうに感傷に浸るんじゃないっ!
って何度、突っ込んだかわからん。
や、実際、想像を絶する悲しみだとは思うよ?
私、24歳で父が他界しましたけどもね?
失ったのは一人でしたけどもね?
このワタシのチチってのが、
そろそろ、もうちょっと高めの生命保険入ろうかってな時に、
心臓病で倒れやがって、普通なら死ぬとこだったらしーけど、
悪運、強くて持ち堪えちゃったのね。その後、17年も!
(ハハがそりゃもう渾身の献身でナントカ持たせた。)
もう、こうなりゃ、どこの保険会社も保険なんて掛けさせてくんないわけ。
まぁーったくの死に損!
泣いてる暇もなかったよ、アタシャ。
ポックリ逝って、大金入って、遊んで暮らしてるわけでしょ?
ウチなんて、ポックリ逝くまでに、
いつ死ぬか分からないという状況で17年間の闘病生活だぜ?
この17年間を書き綴るだけで、本、一冊くらいは書けそうだよ。
(悪いけど、ウチ、金だったらないからね。)
悲しいからって、悔しいからって、
すぐにガキみたいに、キチガイみたいに
キレやがって、何だ?!コイツ?みたいな。
暇なんだよ、テメェは。
この胸クソ悪い、映画を立ち見はまぬがれたものの、
チケット運の非常に良いワタクシは、2列目という素晴しい席で
このチャーリーのまぬけ面と延々とつきあってたんだゼ。
ご丁寧に、入場料まで支払ったからね。
ぜったいタダでは出ていかないからなっ!って
最後まで、見てたよ。
悲しみを話すことによって癒える・・・っていうのは
それはアリかもしれないね。
ワタシ、ついこの間、「ああっ!もう、メンドクセェっ!
もう、スライダーズ関連の記事なんて書かねぇっ!」とか
思ってたクセに、一体、この更新頻度って何ですか?くらいの勢いで、
ブログ、アップしてたりするんだよねぇ。
何が楽しいんだろーって自分でも思うけどさ。
アタシが愛用してる「ほぼ日手帳」にね?
ほぼ日が1日1ページのスペースがあるってのは、
食べた料理の感想まで書いておいて何になる?
ってなモンかもしんないけど、
「いっぱい聞いてくれるともだち」みたいなもんだ
って書いてあったのね。
仕事のことでも、なんでも、いつでも「聞く耳」がそこにあるっていう。
ひょっとしたらブログってそんな側面もあったかも?って思った。
勿論、ブログだから、なんでもかんでも書けるってなモンでもないけど、
ボカシ気味に抽象的に書いたことであっても、
そこから何かを感じ取って下さった方がいらして、それに対して、ご意見を頂く。
それってね?すっごく哲学的な交流の場だったんじゃないかなって。
実際に頂いたメールやコメントだけじゃなくて、
「このブロガー様とおつきあいしていくだけのネタ・ストックがこっちにないなー」
って感じる時、殆ど、読み逃げでトラックバックも送信しないで、
でも、読み逃げしたブロガー様宛の記事書いてたりすることもあったりする。
アタシの場合。
アタシがそうだからそう思うだけかもしんないけど、
「コレって、別にコメントもトラバも来てないけど、
ウチのブログに対する言及リンクかな?」
って錯覚してしまうような記事をみつけると・・・(勝手にスマン!)
私の中では、もう「哲学の交流の場」なの(笑)。
そういうのが
「読んでもらえてるのかな?アクセス増えたかな?」
という喜びっていうより、
多分、アタシは、癒されてたんだと思う。
解放区だったかもしれない。
だから、まともでいられたかも?とすら思う。
別にブログ同士だけじゃなくても、
「あっ、コレって
ああいう記事書きまくってたから念力通じて出会えた?!」って
勝手に錯覚して喜んでた歌とか、本とかもあったりするんだけど(笑)
(スンマセン。メデタイ奴なんです。)
悲しいことを「こんなに、悲しかったです。辛かったです。」
って簡単に言えないっていう気持ちは分からなくはない。
そう言って、
「や、そりゃもう、アンタならそれが妥当なとこでしょ。当然でしょ。」
とかっていう声が返ってくることが
あらかじめ予測される場合もあるわけでしょ(笑)。
そういうのを説得力持って人に聞いてもらう為には、
こっちに魅力ってのが必要かなって思うわけで。
チャーリーは、久々に出会ったアランの自分の対する気持ちが、
自信・・・自信っていうと語弊があるけど、
それで、やっと、心を開けるようになったんじゃないかなぁって思う。
多分、お互いが「こんな自分と時間を共有することを
こんなに楽しむ他人がいる」ってことが良かったんじゃないかなって。
別に、”癒し”を狙って開設したブログでもなかったけど、
今迄、コメントを書込み下さったご訪問者様。
いつも、いつも、お読み頂いているご訪問者様。
そして、いつも、いつも、
素敵な記事をアップし続けて下さっているブロガー様。
お蔭様で、アタシはなんとか、どーにか、こーにか、やってマス。
この場をお借りして、心より、お礼を申し上げます。
本当に、ありがとう。
